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金環日食を見た

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 今朝の金環日食は、7時頃には雲が多かったことから観察ができないのではないかと心配したが、7時20分を過ぎた頃からまるでタイミングを合わせるかのように雲が切れ、欠け始めたであろう太陽が顔を見せてくれた。
 試しに厚紙に穴を開け、壁にうつしてみると太陽が欠けていく様子がはっきりとわかったので、デジカメで何枚か撮影してみた。
 近所では、登校前の子どもたちの歓声が聞こえる。おそらく全国各地で同じ空を見上げて、同じようにこの天体ショーを楽しんでいることだろうと、その声を聞いた。
 太陽の大きさ、月の大きさ、そして地球からの距離が、まるで計ったかのように丁度よい寸法で配置されたからこそ見られるこの現象に、偶然の不思議さを感じざるを得ない。 誰もがそのことに感動して、今日のこの数分間の天体ショーを楽しんだに違いない。

 ある人に依頼されて、その人の歌を録音した。全部で14曲。
 すべての曲の伴奏は私がアレンジしたものだ。歌の録音に都合三日間かかってしまった。それでも、14曲を一気に録音し、三日で終わったというのは、私にとっては記録的な速さだ。そのうちの数曲のハモリの部分を私が歌って録音したり、ミキシングミックスダウンしたりする作業に二日かかってしまったが、今日そのすべての曲をおさめたCDを相手の方にお届けすることができた。やれやれとホッとしているところである。
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珍名、奇名

 私の住んでいるかすみがうら市でも毎月市の広報誌が発行される。中でも楽しみなのが、赤ちゃん誕生のお知らせのページである。ここ数年、ふりがながなければ何と読んで良いのかわからない判じ物、クイズのような名前が列挙されているからだ。
それらを読み解くのが楽しみだったが、このところそれどころではない読解不能な命名が目立つようになり、このような名前を多くの人が間違えずに読めるのだろうか、といぶかしく思いながらも、毎号パズルを解くような思いもあってこの欄を楽しんでいる。

 今日見つけたのは「未潤」。さらには「史矩」。もっとすごいのが「空澄」。
 最初の名は「みう」と読ませるようだが、「うるおう」を「う」だけにしてしまう思い切りの良さには驚かされる。また、二つ目の名は「りく」という名だそうだ。矩形(くけい)の矩だから「く」は何とか読めるが、「史」を「り」と読ませるのは無理がないだろうか。ひょっとして「吏(り)」と勘違いして出生届を提出してしまったのではないだろうか。そう考えなければとてものこと「史矩(りく)」とは読めそうもない。
そして極めつけは最後の「空海」と「最澄」という平安時代の二大宗教家を足してしまったかのような名前。正解を知っても、『なぜ?』としか思えないような洒落もどきの命名である。正解は「はいと」。おそらく「空」から「空の高み」→「High」を連想し、無理矢理「はい」と読ませたものであろう。そして正しくは「ちょう」あるいは「とう・どう」としか読まない「澄」を「と」と読ませ、念の入ったことに空海と最澄をとりまぜて命名したように思われる。

 保護者の『してやったり』という誇らしげな顔が目に浮かぶようだが、こうした判じ物のような名前は読んだ際の「音」から受ける印象を大事にしたいという思いからこのところの風潮のようだ。そしてまた、ありきたりの名前ではなく、一風変わった名前、特別で独自の名前をつけたいという願望のあらわれなのだろう。
ところが誰もが「ありきたりの名前ではない命名を」と願って、逆にありふれた名前になってしまっている例も多いのではないか。ひと頃「大輔」という名前が流行ったことがあった。また「祐樹(裕貴、勇樹なども)」という名、女の子では「あやか」「まい」「はるか」などと読む名が流行ったことがあり、小学校入学式では呼名される新入児童の多くがそうした名前で驚かされたものだった。何とも皮肉な話である。

 ここまで書いて、昔読んだ徒然草にこうした状況を嘆いた文章があったような気がした。 早速、調べてみた。
 確かにあった。第116段の文章だ。人の名ではなく、寺院の名であった。
 『寺院の号、さらぬ万のものにも名をつくること、昔の人は、すこしも求めず、ただありのままに、やすくつけけるなり。この頃はふかく案じ、才覚をあらはさむとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。人の名も、めなれぬ文字をつかむとする、益なきことなり。
 何事も、めずらしきことをもとめ異説を好むは、浅才の人の必ずあることなりとぞ。』
 この頃は、深く思案して才覚があるかのように見せたがっているようで、大変いやらしいことだ、と言っているのだ。そして人の名についても、見慣れない文字をつけようとするのは益体もないつまらぬことだ、と700年近く前の兼好法師が指摘しているのだ。ということは、時代が変わっても人間の行いは、さほど変わっていないということになるのかも知れない。
 文章の最後には「何事でも珍しいこと、他人と異なる説を好むのは浅知恵だ」と喝破しているが、現代に生きる私たちの生き様をはるか昔に見通していたようにも受け取れる。
 
 兼好法師という人は、人の世を鋭く透徹した目で見ることのできる人だったのだろう。
 久しぶりに他の文章にも目を通してみると、高校生の頃に授業で触れた文章とは違った意味を持って私たちに迫ってくるような気さえする。誠に時代を超えて的確に見方・考え方のツボをついてくることに驚きさえ感じるのだ。
 
 珍奇とも思える新生児の名前が多い中に、それでも「由紀子」と名付けられた一人の女の子の名前を見つけた。私たちには見慣れた名前だが、こういう時代にあってかえって新鮮に思えるというのもおもしろい話ではある。この名前を見つけて少しほっとした気分を味わっている自分にも気づき、ひそかにほくそえんでしまった。

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おそれることを知る

 戦国時代の武将、長曽我部元親はいくつも小さなクニで成り立っていた土佐に戦国の風雲を巻き起こし、ついには四国全土をきり従えた猛将として著名である。ところが、彼は幼い頃は「姫若子」と呼ばれるほど弱々しく臆病な子どもで、武門の家に生まれたことを悔やむような子どもであったと言われている。長じて、臆病であったからこそ知恵を働かせ、周囲の大小さまざまな国々を征服できたと述懐していたようだ。さまざまに想像するからこそものごとを怖れるのであり、臆病だからこそ知恵を働かせて怖れを克服しようとするのだと言う。そしてそれこそが勇気や剛胆さ、緻密で念の入った戦略を生む素地になるのだという。それゆえ、我が子が初陣で手綱を握れないほどおびえ震えている様子を見て、小躍りするほど喜んだと言われているほどだ。

 このところ、いわれなく多くの人が犠牲となるような自動車事故が相次いで起きている。 京都祇園で暴走した軽トラックによる人身事故、通学途上の児童を犠牲にした京都府亀岡での無免許未成年者による事故、関越自動車道の深夜ツアーバスの事故など悲惨で理不尽この上ない事故が続発している。これらは特殊な事例だと思われるが、その他多くの交通事故に共通の一因として、運転者の「おそれの感覚の希薄さ、摩耗」があるのではないかと思われてならない。
 
 私たちは自動車を運転するとき、徒歩で移動するときとは格段に違う緊張感をもってハンドルを握るはずだ。一つ間違えば凶器ともなり得る強い力を持った動力車を操作していること、どんな危険が待ちかまえているかもしれない速度で走っていること、物陰からふいに何かが出現することがあるかもしれない危険があると想像し気配りすることなど、予測できる限りの事態を避けるために危険察知センサーを働かせ、さまざまに「怖れ」を感じて対処しようとするはずだ。高速道路であればなおさらのことだ。
 
 高速道路が日常的な道路ではなく、特別な道路であった40年も昔は、インターチェンジに入ろうとする際に『ここからは高速道路だ』と自らに言い聞かせ、いっそう気を引き締めてハンドルを握る手にも力が入ったことを思い出す。
 だが、高速道路ですら一般的・日常的な使用道路として普及するに従って、事故を想像して怖れる感覚が摩耗し、県道や国道と同じ感覚で走行する危険な車も増加してきたように思われる。
 高速道路で急ブレーキをかけたりや急ハンドルを切ったりすれば車体のコントロールが効かなくなり、大事故につながりかねないが、長時間にわたってスピードを出し続けていると自分が高速で走っている感覚も麻痺し、無理であるにもかかわらずそれを忘れて無理な運転をしてしまう人もいるようだ。

 自動車の接触事故や追突、衝突事故を未然に防ぐために、いくつかのメーカーでは車の各部にセンサーをつけ、たとえ運転手がアクセルを踏み続けてもぶつかりそうになると自動的に制動装置が働くといった機能を持った車を製造販売している。
 しかし、こうした機能に頼った運転を日常的にし続けていると、運転者自身の危険を察知するセンサーを働かせなくても済むことになり、ついには自身のセンサーを眠らせることになりはしないかと懸念される。同じように「使わずにいた」ため「忘れてしまった」感覚やふるまいは枚挙にいとまがないほどに多いではないか。

 大切なことは、機械頼りをせずに人間一人一人が危険を察知・予測するセンサーを使い続け磨き続けることであり、それはつまり「怖れ」たり「臆病」であったりすることを忘れないよう心がけるということだとつくづく思うのだ。
 この連休中に北アルプスの白馬岳に軽装で登山をした6人のパーティーとそれとは別の一人、合わせて7人の方が遭難し、低体温症で命を落とされるという報道もあった。
 亡くなられた方には申し訳ないが、これとて雪山のこわさを忘れ、臆病であることを忘れてしまったことが招いたことが遠因にあるように思われる。

 これら多くの事故の報に接するたび痛感するのは、慢心や油断を排除し、怖れる心や臆病な心を大切に持ち続けること、瑞々しく保ち続けることの大切さである。それこそが、人間の工夫と知恵を生む契機となると思うからである。
 そのためには、多くの失敗を経験すること、油断や心の隙がもたらす困難な事態を経験することも必要になるかも知れない。そうしたことを経験することで、その辛さや悲しさ、いたみや悔いが心に刻みこまれ、そうした事態を「避けたい」という気持ちが常に働くであろうと思われるからだ。それは端的に言えば「失敗から学ぶ」ということに他ならない。
成功体験からは、臆病になることやおそれることを学ぶことはできまい。ひいては危険を想像する危機センサーを自らの中に育むことも難しくなろう。
 いずれにしても私たちは自分の行動に対してもっと臆病であって良い。ものごとをもっとおそれて良い、と私は思うのだ。誤解をおそれずに言えば、「こわがらない」「おそれを知らない」ということは無知の証だとも言える。
 おそれることをおそれず、臆病であることを臆せず、危機を察知するセンサーを育て磨いていきたいものである。

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XG音源を使いたい

 Windows7のマシーンをXPモードで駆動し、お気に入りのYamahaのXG音源を使えるようにして音楽ソフトを使用しているが、メモリーの関係で多少動作が鈍い。
 Windows7のモードでは、WDMが使えないのでXG音源を鳴らすことができないことから、致し方なくRolandのVSC音源で作曲や編曲をするしかなかったのだが、どうしてもその音色に満足がいかず歯がゆい思いをしていた。

 つい先週のこと、外付けのXG音源が押し入れに眠っていることを思い出した。
USBで動かせるMU500である。
もしWindows7対応のドライバーを入手できれば、このOS下でもXG音源が使えるはずだ。なぜそのことにもっと早く気づかなかったかと思いながら試行してみることにした。早速Yamahaのホームページにアクセスしてみると、MU500のWindows7対応のドライバーがあるではないか。よしよし、これでうまく動作すればXGで音を鳴らせるはずだ。
ドライバーをダウンロードしてMU500をUSBで接続してみると、あっけないほど簡単にハードウェアの認識が済み使用できる状態になった。
早速いつも使っているソフトウェアを起動し、MIDIポートの設定を認識済みの「MU500」に変更し、簡単な旋律を入力して演奏してみた。
きちんとXGらしい品位の音で鳴ってくれた。よかった、よかった。
これで冬眠していたMU500も活躍の場を獲得できたし、Windows7でもまともな音楽づくりができる環境を作ることができたと言える。

 作曲や編曲で最も重要なのはデータを再生するときの音の質の高さだ。
そのためには、Windows7に対応した上質なVSTiの普及が望まれるし、設定を容易にするような仕様になってユーザーに提供されることが望まれる。
未だにXPマシーンを使い続けるユーザーの中に、質の高いXGのような音源を使いたいから、という向きが多いことを各メーカーは認識して良いはずだ。mu500.jpg
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小中学生の留年?

 一昨日のニュースを見て驚いた。大阪市の橋下市長が、「学力があるレベルに達しなかった児童・生徒」の留年を検討しているというのだ。「わかりやすい指導をしてくれれば、そうした事態は起こらないはず」という主旨の記者会見での発言からすると、その目的が「児童・生徒にとってわかる授業を通して学習の成果をあげる」ことにありそうだ。
 それなら、学習意欲を喚起したり、学習対象を我がこととして受け止め対象に関心が持てるように仕組めなかった、また学習対象をうまく理解できるよう学習指導を展開できなかった教師にこそ、その原因を求めるべきで、児童・生徒を留年させるような制度を想定せずともよさそうなものではないか。どこかで論点がすりかわってしまっているのでは、といぶかしく思うのは私一人ではあるまい。
 簡単な道ではないが、子どもの内発的な動機づけを喚起したり、学習対象に前向きに取り組もうという構えの醸成が期待できるような学習の場を構想したり、そのことで学ぶ力の育成を期すことのできるような教師の教育研究こそが必要で、行政の長として言うのであれば、そのような研究の機会といった環境を整えて学力の伸長を期したいと主張すべきなのだ。
決して子どもに「留年」などというレッテルを貼って差別するような問題ではない。

 そしてまた、「学力があるレベルに達した」かどうかを何で見極め、どう判断しようとしているのかということについても問題がある。もしも、それを学力テストなどで一定の得点を取れたかどうかで判断するのだとしているのであれば、「学力」を狭い範囲に押し込め、ペーパーテストの結果だけで「学力」を見ようとしていることになり、公教育についての理解がすこぶる浅薄、あるいは無理解だといわざるを得ない。
義務教育の目標は、単にテストで高得点をとることができるようにする、ということにあるのではない。
 どうやらこの人は、公教育と学習塾をはじめとする私教育を混同しているのではないかと思われてならない。

 さらに言えば、テストでよい結果を得ることこそ学習の目的だとするこの人の考えからは、真正の学びからほど遠い学習経験してこなかったかのような「貧しい学習観」が透かして見える。
ある報道では、彼は学習塾に補助金を出そうという案も持っているという。やはり、公教育と私教育を混同しているとしか思えないし、やはり受験術を身につけることが学力の伸長だととらえているふしがある。

 そしてさらに、彼の人は民主社会で重視すべき「教育の中立性」を保つことについての理解と認識にも欠けているようにも見受けられる。
これまでの歴史を振り返ってみても、為政者のその時々の思惑で教育の在り方が左右されたことが好ましい結果をもたらした例はない、ということは周知の事実だ。
そうした弊害を避け、時の政権によって教育が望ましくない方向に動かされることにブレーキをかけるために、現憲法の兄弟法とでも言える従来の教育基本法が制定されたという経緯については、平和憲法下でそのありがたみを享受してきた日本人なら、教育関係者ならずとも十分承知しているはず。
それゆえ、市長であれ知事であれ、総理であれ、権力を楯に教育の目標や制度を思いつきでいじり回すことは、あってはならないし、最も迷惑を蒙るのは子どもたちであるということを考えると、最も避けなければならない道であるはずだ。子どもの学ぶ権利と親の教育する権利を保証する上で、それは何よりも守られなければならないからだ。
そのように法のもとで守られているということについて、どのような考えを持っているのであろう。
 
 これまでも、病気などを理由に留年する児童・生徒がいたのだから、法的には問題がないのではないかと川端文科相がコメントしたことを今日のニュースで知った。病気で長期に学校を欠席せざるを得ず、もう一度その学年での学習をしたい(親の立場では「させたい」)という状況と、学力不足を理由に行政が(あるいは学校が)留年させるのとでは、意味が違う。そもそも義務教育諸学校で学ぶ目的は、彼らの言う「学力の伸長」だけにあるのではない。同年齢の集団で共に生活をし、共に影響し合い、学び合うことを通して、さまざまに人間的な成長を図ろうとしているのだ。
 学力不足(この言葉をどう定義づけ、どのように判断しようとしているのか、心許ない思いで見ているが)を理由に、安易に留年させることによって、却って子どもたちを学びから遠ざけてしまうのではないかと懸念している。
 丁寧な検討を経ずに、思いつきのように語られるこうした発言は乱暴に過ぎると言わざるを得ない。

 傍からみると、橋下市長は(教育に対して)きちんとした見識を持たずに、たとえて言えば「未熟な魔法使いの弟子が、何かのはずみで魔法の杖を手にした挙げ句、有頂天になって自分の手に余る魔法をかけまくって世間を混乱・困惑させている」ようにしか見えないのだが、いかがなものであろうか。
 かつてある若者が、労働によってではなく、単に右から左へと金銭をやりとりするだけで大金を手にし、『カネを儲けることは悪いことか』『カネがあれば何でもできる』とうそぶき、ついには不正を働いて逮捕されたことがあった。
 マスコミでも「時代の寵児」とまでもてはやされ、当時のある大臣も『我が息子』と持ち上げた彼が実は犯罪に手を染めていたことは記憶に新しい。多くの人が彼の正体を見破ることができなかったということは、もてはやされている人の正体を見極めることは易しいことではないということの現れであろう。
 橋下市長と彼が率いる「維新の会」に多くの人が関心を寄せ、多くの政治家や政党がすり寄っていく現在の状況は、その当時のことを彷彿とさせる。

 困ったことに、この人はタレント弁護士という経歴のせいか、「(議論をして)相手を打ち負かすこと」が正しさの証だと勘違いをしているようだ。議論を戦わせて勝ったからといって、その主張が正しいということはないということは子どもにでもわかる理屈だ。だが報道でみる限り彼は常に戦闘的で、「勝つこと」が正義であるということを体現しようとでもしているように見える。そもそも議論の目的は、相手を「言い負かす」ことにあるのではあるまい。建設的な議論を通して、互いにこれまで見えていなかった視点や論点、問題点や解決策に気づいたり、築き上げたりすることにあるはずだ。黒白をつけることにあるのではない。『TV番組で議論(討論)をして、決着をつけようではないか』という主張からは、議論そのもののめざすことをはき違えている様子が色濃く見える。
 そしてより深刻なのは、議論あるいは論争の内容として彼が取り上げるのが、ステロタイプとでも思えるような彼のこだわり(しかもそのこだわりがコンプレックスに起因するのかと思われるほど子どもじみている)が背景にあるとしか思えない内容で、世の中をひどく単純に図式化して見ているかのように窺えることだ。
そうしたモノゴトを見る見方の浅薄さと危険さが、センセーショナルな話題で世間の耳目を集めているさまざまな政策構想に見え隠れするが、それだけに中立を保持すべき教育、生きる権利の基礎をなすとも言える教育制度に手をつけようとする今回の事態を看過することはできまい。

 重ねて言うが、行政の長としては、子どもが伸び伸びと学習できる環境を整えることにこそ意を尽くすべきで、内容にまで口を出すべきではない。
 大阪市の動きを注視していきたいが、こうした「次元の低い教育観、人間観」「的外れで底の浅い教育論義」が他の地方行政に悪しき影を落とさないように願うばかりだ。
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「食べログ」に関して

 一般の利用客による採点システムで人気飲食店ランキングを知らせるサイト「食べログ」で“やらせ業者”による不正操作のあることがわかったという。
 報道によれば、その“やらせ業者”はターゲットの飲食店から謝金を受け取るかわりに、ランキング順位を上昇させるような好意的な書き込みを行うという手口で不正を行ったのだという。
そのサイトには、実際に食べた人の感想が書き込めるようになっており、その支持によってランキングが上下するようなシステムになっているらしい。
それを見た読者が“店選びのめやす”にするというものらしい。
 迷惑な話には違いない。そんな不正な操作については飲食店側が依頼するというわけではなく、どうやらその不正業者が飲食店側に持ちかける形で行われるのだという。

 食べた人の感想による“口こみ”を頼りに店選びが出来るとすれば、その店が提供する食事の内容や味について前もって知ることができ、店を選択する際に大いに参考になるに違いない。店側にとっても、客が“口こみ”で不特定多数に知らせてくれるのだから、ありがたいに違いない。それは良いことであると思う反面、だからこそ不正を働く温床になるスキがあるのではないか、と危惧もする。

 そもそも、ある食事をおいしいと思うか、自分の好みにあっているかを判断するのは自分でしかない。誰かが『おいしい』と言ったからといって自分も『おいしい』と感じられる保証はどこにもない。同様に、誰かかが『まずい』と感じても、それはその人の味覚が十分に発達していないことに起因することだってあるのだ。
また、多くの人がネット上で賞賛するからといって、それを信じ込んで頼るということも安易に過ぎると思うのだ。ネット上で流布している情報がすべて信頼できるとは限らないからだ。

 それはともかく、自分でチェックし判断することをせず評判に頼ったりせずに自らの五官を働かせて選択するということが当たり前になれば、今回のような不正が起こる余地はないはずだ。
 もちろん不正を働くことが悪しき行いであることは当然のことだ。しかし、評判に群がり、流行に乗るという風潮が強くなければ、今回のような不正が意味を持たないであろうことも火を見るより明らかだ。
 群れる、行列をなす、みんなについていけば安心という気分を捨て、自分の五官や考え、そして判断を信じること、あるいは信じられるに耐えられるまでに自らを成長させる努力をするといったことも大切なのではないかと思われるのだが、いかがなものであろうか。
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初詣顛末

元旦、いつもの神社(土浦市内の八坂神社)に初詣に出かけた。
例年ならどんなに参拝客で混んでいても、20分も並べば参拝を済ませることができるのに、今年はいつもの年の何倍もの参拝客が訪れ長い長い行列ができているではないか。
これでは寒空の中、2時間も3時間も並んで待たなければならないと早々に判断し、後日を期すこととした。
おそらく迎えた新年が平穏であること、そして一日も早い復興を祈りたいということから例年にない人出になったのだろうと思われる。全国どこの神社やお寺でも同じような光景が見られたのではないだろうか。

というわけで、気になっていた初詣を昨日になって果たすことができた。
八坂神社に向かう前に、ごく近所の香取神社に詣でてみた。
旧水戸街道の稲吉宿にあるその神社は道路脇にあるのでいつも通りがかりに眺めてはいた。しかしこの宮に詣でるのは初めてのことだ。
通りがかりに横目で見ていたときには気づかなかったが、ずいぶん立派な神社である。
120~130メートルはあろうかという参道が鳥居から拝殿までまっすぐに伸びており、両側は大木の並木で神域にふさわしい雰囲気がある。
気がつけば参道も拝殿の周囲もきれいに掃き清められている。
大げさではなく日本の神々への信仰の原風景を見る思いがした。
日本では、岩にも樹木にも精霊が宿り信仰の対象とされていた太古の昔から、神がおわす場所を清浄に保つことが神を祀ることであったと言われているからだ。
社殿を設けるにしても、荘厳することが行われるようになったのは近世に入ってからのことで、本来は白木の檜づくりで、飾りと言えば屋根に乗せる鰹木ぐらい。何よりも神の斎く場として重視されたのは清浄に保つということだったと言われている。
ついでに言えば、神々に「御利益」を求めるようになったのも仏教がもたらされてからのことであり、古来日本人が神を祀るのは“利を願う”ためではなく、収穫や日常の平安を“感謝”するためだったという。

昨日訪れた神社で見たものは、塵一つ落ちていそうもなく掃き清め、神が斎きしずもる場を清浄、静寂に保とうとする古来からの信仰の姿そのもののようで、神韻とした空気から改めて日本独自の宗教観を垣間見た感じがした。
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今年の言葉

 2011年も残すところ4時間となった。
 思えば国内外共に多事多難な一年であった。とりわけ東日本大地震とそれに続く津波の被害、そして福島原発事故と、日本人が天から試練を与えられ、大きな問いを突きつけられ、その問いに誰もが向き合い自らにも問うた一年であったような気がする。
 そんな中、心から日本は捨てたものではないと思わせるような言葉も多くきかれた。
それを反芻する度に涙が出る思いすらする珠のような言葉だ。
 その一つは、春の甲子園で発せられた選手宣誓である。
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 私たちは16年前、阪神・淡路大震災の年に生まれました。
 今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われています。
 私たちの心は悲しみでいっぱいです。
 被災地ではすべての方々が一丸となり仲間とともに頑張っています。
 人は仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えられると信じています。
 私たちに今できること。
 それはこの大会を精いっぱい、元気を出して戦うこと。
 頑張ろう、日本!
 生かされている命に感謝して、全身全霊を込めてプレーすることを誓います。
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 そして被災地である仙台のKスタで行われたオールスターゲームセレモニーで楽天の嶋捕手が挨拶で語った言葉もすばらしかった。
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 (略)今日ここでマツダ・オールスターゲームを開催できた事、あらためて
「ヒトの力」はスゴイと感じました。
 いろいろな方々のご協力、思いがあって、本日、ここ仙台、東北の地でオー
ルスターを開催する事ができました。
 被災地への支援をして頂いた日本中、そして世界中の方々、本当にありがと
うございます。
 東北を代表して御礼を申し上げます。

 3月11日、信じられない大災害が起こり、正直野球どころではないと思い
ました。今、仙台の市街地には元の生活、日常が、徐々に戻ってきましたが、
まだまだ復興には時間がかかります。
~中略~
 しかし、生かされている僕たちは前を向いて、自分の人生を切り開いていく
使命があります。「ヒトの力」はこんなものではないはずです。
 僕たち野球選手の使命は、野球の魅力や、そこから生まれるドラマを通じて、
「ヒトの生きる力」に貢献する事だと思います。
 日本中に感動していただけるようなプレー、そしてプレーしている僕たちも
感動できるような戦いを後半戦繰り広げていきます。
 一緒に感動を分かちあい、熱くなり、「ヒトの力」を信じて、明日からまた
一緒に前を向いて歩いていきましょう。
 きっと、できるはずです。
 本日は存分にこのマツダ・オールスターゲーム2011を楽しんでいってくだ
さい。
*****************************************************************************************

 この人たちの言葉に勇気づけられた人々は多かったに違いない。
 何と言っても、この人たちの言葉には芸能人やアスリートがよく口にする『感動や希望、元気を与えたい』といったたぐいの“思い上がり”とも思えるようなところがない。
 この困難なときにあっても自分たちがプレーできることに感謝し、自分たちのプレーに専念すること、自分たちができる限りの力を尽くしてすばらしい内容の試合を展開することの大切さを語っていることに感銘を受けるのだ。
 それを見た人が感動するかどうかはあくまでも“結果”の話であり、観客の主観でしかないのだ。だからプレーする選手は、それを第一義とすべきではなく、自分の力を遺憾なく発揮し、手に汗を握るような接戦を展開することをめざすべきなのだ。
 その意味で、この二人の言葉は非常に説得力があるし、聞く人の胸に響き届くものであったから、いまこうして思い起こしても感動するのだろう。
 こうした感動的な挨拶や選手宣誓に接し、感銘を受けることができたのは“幸い”なことであったと多難な一年を振り返ってしみじみと思っている。

 私たちを嬉しい気持ちにさせてくれ、大きな喜びを味わわせてくれたことは、このこと以外にもたくさんある。しかし、とりわけ心に残ったこととしてここに取り上げてみたのだが、実はこうしたあり方と異なる事例が多すぎたということの裏返しでもある。
 もうじきくる新しい年には、そうした感動的な話やできごとが多いと嬉しいのだが、と祈るような心持ちで迎えた大晦日である。
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「群れる」について考える

 このところ、“群れる”ということについて考えている。日本人はなぜこうも“群れたがる”のか、ということについてである。おいしいと評判がたつとその店の前には長い行列ができるということも、そうした傾向のなせる技のように思われるし、ある小説がベストセラーになったと報道されると懸命にそれを買いに走るのも“群れる”志向の現れではないか。また、議員選挙などでマスコミがある候補者を取り上げると、それに操られるように、一斉に雪崩を打ったように支持率が高まる、といった現象も同根だろうと思われるが、なぜそんなに“群れる”方向に気持ちが傾くのか、ということについて多少いぶかしい思いで眺めているのである。

 ほんの想像でしかないのだが、この“群れ(ムレ)”が語源となって“村(ムラ)”という言葉が生じたのではないかと私は考えている。日本ではことに、多人数で協力し合うことが不可欠な「稲作」を文化の基盤とするだけに、互いに協力し合う、心を一つにする、みんなで同じ考えを持つ、同じようにするという“ムレの意識”が重視され、“村意識”をコアの部分に形成してきたのではないかと勝手に推測しているのだ。
 そこでは、他と同じにしていれば間違いがない、安心だという心情が醸成されたはずで、そうした心情が底流にあって“ムレる”ことに積極的になるのだろうと思っている。

 そうした国民性は好ましい側面ばかりではなく、時として国を危うくする側面があるということについては誰もが感じているはずだ。
 先の大戦時でも大東亜共栄圏などというアジア諸国にとってはすこぶる迷惑な「大義」を掲げた軍部の『戦争へ』と声高に主張する声に、『何か良いことが起きそうだ』と同調してしまった挙げ句、無謀な戦争を引き起こしかけがえのない多くの犠牲を生んでしまったことなどはその典型である。
 卑近な例で言えば、「みんな同じに」という意識が強く働きすぎた結果、異なる考えを持つ人間を無視し阻害し、時として残酷な仕打ちをしてしまう“村八分”なども起きやすくなる。
 好ましい風土であることに違いはないが、そのような恐ろしい側面を“群れ”は持っているということに十分配慮する必要があると私は警戒している。

 流行に流されない。自分の目で判断する。自分の価値観に自信を持つ(しかも独善に陥らずに)、などといった「個の確立」と個々の相違を認め、受容することが社会を形作る基盤にあるということに対する認識を深めることが、“ムレる”ことの負の側面を軽くするはずだ。
 そこでは、誰もが深い見識を持ち、モノゴトを見る目が確かで見極める構えを持ち、瑞々しい感性で常に「よさ」を探求し続けようとしており、デマや過激な論調に流されず、マスメディアの報ずることを鵜呑みにせず賢明な対応をしようとしている、といった成熟した市民の姿を見ることが出来るであろう。
 マスメディアはかつての大戦の折、「連戦連勝」という虚偽の内容を報じ、国民を欺いた歴史を持っているのだ。そのマスメディアに踊らされ操られて痛い思いをしたことのある日本人であるからこそ、“ムレる”ことへの警戒心をもって、世の中の動きを見極めた方が良いと思うのだ。

 かつて閉塞感に苛まされていたドイツ国民が、強い指導力をもって国民に期待を抱かせたヒトラーの出現を許してしまったことは子どもでも知っている。たくみな演説によって血統的に優秀なドイツ民族が世界を支配する運命を持つと吹聴して国民を引きつけ、血統を汚すとされたユダヤ人を迫害などの政策を行ったこと。さらに民族を養うためとして、領土回復とさらなる拡張を主張し、第二次世界大戦を引き起こしたといったことも人類の歴における悲しむべき出来事である。
 私は、そうした状況と現在の日本で起きていることがあまりにも似ていることを懸念している。

 閉塞感が「強い指導者」を求め、国民や市民にとって何か良いことをもたらしてくれそうな人物を推戴したい、という思いが人物を見る目を曇らせ、曇らせるばかりか一斉に“ムレてなびく”現在の状況が、かつてのドイツを彷彿とさせるからだ。
 誰もが同じ方向を向き、同じ考えを持ち、同じふるまいをしなければ許されない「独裁社会」が人間にとって望ましいものでないことは言うまでもない。
 しかし残念なことに、現在の風潮はそうした社会の出現などあろうはずがない、という油断による「強い指導者」希求の様相が見え隠れするのだ。
 “ムレてなびく”傾向が、そうした独裁社会の出現につながらないように、と願うばかりである。もうそろそろ村意識を捨て、良い意味での(協調性と個性に富んだ)「流されない確固とした市民社会」に移行しても良いのではないだろうか。
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「絆」について思う

 今年をあらわす漢字一文字に「絆」が選ばれたという。(いささか古い話題で恐縮だが)
 東日本大震災とそれに続く大津波、さらには福島原発の事故による放射性物質汚染という未曾有の大災害でお亡くなりになった人々、未だに行方不明の多くの人々など被災された人々への想いが込められてのことである。
この「絆」を合い言葉に、何かしなければとボランティア活動にたくさんの人々が現地を訪れ、活躍する姿には深く感銘をうけたものである。日本と言わず、世界中の人々が同じ思いを持ったという意味で、この言葉が今年の漢字一文字に選ばれたのは至極当然のことだと思いつつ、多少複雑な思いでこの報道を受け止めている。
 
ちなみに「絆」を漢語林で引いてみたところ、「きずな」には『ア、牛馬などの足をつなぐ縄、イ、ものをつなぎとめるもの。自由を束縛するもの』とある。また新明解漢和辞典によれば、『①馬の足をつなぐもの、②人の行動を縛る、③人の行動を束縛するもの』と記されている。
 どうやらこの言葉は、私たちが「絆」という言葉から連想する『人とのつながり、分かちがたい思い、連帯感』といった内容とは、対極にあるようなネガティブな意味合いを持った言葉であるらしい。
 日本では、本来の意味の『(馬の足を)つなぐ』ことから連想し、いま私たちが使っているような『つながり、かかわり』という意味を持たせるようになったのではないかと想像されるが、広辞苑では『・動物をつなぎとめる綱・断ち切ることのできない愛情。離れがたい情愛』と記されていて、本来の『拘束』や『束縛』の意と併せて『つながり』という意味を持った言葉(しかもそれは二義である)だと説明されている。

 大震災から9ヶ月以上を経過しても、東北の各地には未だ処理されていない瓦礫が山積みになっていることは周知の通りである。それらの処理を東京横浜、川崎、埼玉県などの行政が受け入れ、処理を引き受けようとする動きがある。大歓迎すべきところであるが、住民からはその動きに待ったをかけるようなメールや電話・FAXが多く寄せられているという。
 これまでも京都五山の送り火で被災地の木材を薪に使用しようとしたが反対の声に押されて断念する、福島の農産物を扱おうとした宮崎県の業者が搬入を取りやめざるを得なくなる、千葉県内に避難した被災地の人々に『放射能に汚染される』などの心ない言葉を投げかけるなどといった「絆」とはほど遠い、いぶかしい思いのする人々の動きにも報道を通して数多く接してきた。

 『がんばろう』『私たちも一緒にいるよ』などと被災地の人々が痛感している「いたみ」や「つらさ」「怖れ」「怒り」「苦悩」「悲しみ」を共有してのことかどうかわからないが、安易に口にする人も多い。
 同じ「いたみ」「つらさ」を実感できないまでも、想像し『さぞや苦しいことだろう』と心をいため、もし自分がその立場に置かれたらと思い描きその過酷さに数時間でも耐えられるだろうかと自問するだけでも、そうした言葉がいかに軽く上すべりで浮薄なものかということがわかるはずだ。
 そこで思い起こされるのは宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の一節だ。
 “小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ”と詠われているそのなかみは、同じいたみを自分も共有し、共に怖れ、分かち合い、同じ立場で同じ思いで寄り添うということへの焦がれるような思いと覚悟だ。
 しかも「(自分も)小サナ萓ブキノ小屋ニヰ」るのだ。優位な立場で、現代風に言うなら、“上から目線”でない行為であり思いであるからことに大きな意味がある。

 はやり言葉のようにして言われる「絆」を耳にする度、そうした“上から目線”の驕りや尊大さを感じてしまったり、いたみを共にする覚悟もなしに軽々しく口にすべきではないと思ったりするのは、私がへそ曲がりだからなのかも知れない。自分は安全な場所にいて、『がんばれ』『(心は)共に在る』と言うのは、あまりにも身勝手だという思いもある。
 しかし、それでも私はこの「絆」という言葉を大切にしたいと思うのだ。そして、今年だけの言葉としたくないと強く思うのだ。原発を廃炉にするには、40年から50年はかかると言われているし、セシウムの半減期も同程度の年数だと言われている。チェルノブイリの例を見ても、どんなに除線をしても自然界はもとより人間にもたらす影響が長期間にわたって続くことは目に見えているのだ。
そのために故郷に帰れない人々のことを思うと、今年だけの一文字にできるはずがない。
 
 何と言っても、福島原発はこれまで首都圏に送電するために原子の火を燃やし続けてきたのだ。その恩恵を最も大きく受けてきた首都圏の人々が「絆」を合い言葉にいたみを共にしなければ、福島の人々の立つ瀬はないだろう。
 「絆」の原義にあるように『(被災地の瓦礫を)その地に縛り付けておく』ようなことがあってはならないし、根拠も無く東北の人々や物産を『(持ち込ませずに)その地につなぎとめておけ』といわんばかりの心ない動きがあってはならないはずだ。
 日本風の解釈にある『離れがたく断ち切りがたい心のつながり』として「絆」を強く意識しつつ生活していくこと、心を寄り添わせていくことが何よりも大切なのではないかと思われてならない。
 そのためには、東北の復興を願い祈る心と同時に、いたみを共にしようとする私たちの「覚悟」もなくてはならないはずである。

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